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極めて貴重な橋、古河橋!

足尾銅山に架けられた歴史ある橋
明治23年(1890年)、足尾銅山の近代化の一環として、渡良瀬川上流の松木川に架けられた古河橋。それまでの木造の橋が火事で焼失したことから、当時としては珍しい、橋材は鉄製・橋板は木製のものになりました。明治中期の道路鉄橋として原位置に現存する道路用鉄橋として、非常に価値の高い近代土木遺産とされています。その後も、道路橋として住民の方に愛されていましたが、平成5年(1993年)南側に新古河橋が架設。古河橋は立ち入り禁止となり、歴史漂う姿を見守るだけになっています。
 
美しいアーチを描く、国の重要文化財
古河橋は、ドイツ人の設計によるトラス式鉄橋で、長さ48.5メートル、幅4.5メートルの美しいアーチ型をしています。古河橋の建設は、あらかじめ工場で部材を制作し、現場でボルト接合のみを行いという、短期間で簡易な組み立て工法を用いたそう。その工法は、当時としてはとても画期的だったとか。
また古河橋は重要な産業遺産として、平成26年1月、国の重要文化財に指定されました。日光市内での重要文化財(建造物)は、二社一寺関係以外では旧田母沢御用邸のみだったため、日光市全体の歴史的価値がさらに認められたということ!これはスゴイ!
 
古河橋の〝古河〟って?
足尾町には〝古河〟という企業や施設が数多くあります。この〝古河〟って、もしかして人の名前?…そうです!廃坑だった足尾銅山を東洋一の宝の山に変えた男、古河機械金属の創設者、古河市兵衛の名字です。足尾銅山の鉱毒問題では真っ先に責任を認め、対策に動いたのも市兵衛だったとか。
さらに足尾駅から徒歩3分にある、古河掛水倶楽部も古河市兵衛が建設したもの。足尾銅山の繁盛期に銅山の迎賓館として、今から約110年前に建てられ、貴重な有形文化財として残されています。外観は洋風、内部は和洋を用いた木造建築で、館内には国産第一号とのビリアード台が!こんなところにも〝第一号〟があるなんて本当にビックリです!古河橋からちょっと足を延ばして、レトロモダンな大正ロマンの気品漂う迎賓館の見学コースはまさに大人の遠足!足尾の豊かな自然とのコントラストに改めて感動すること間違いなしです!
 
(日光応援団員 H)

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