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日光ブランド「川俣の元服式」

川俣の元服式

今なお残る、500年以上続く日本古来の伝統的風習
 
毎年1月下旬に開催する川俣の元服式。起源は、室町時代にまでさかのぼります。川俣地区の愛宕神社に、永正元(1504)年6月の小松五良右衛門の奉納棟札が残っていることと、武家社会以外の庶民に元服の儀礼が広まったのが室町時代であったことから、以後500年続く伝統行事と言われています。
 
親分、子分の関係を結び新しい名が与えられる
男子が数え年20歳、成人に達すると、血縁関係の薄くなっている親族の中から成人後の後見人を選び、親分、子分の関係を結びます。かつては、この時に親分から新しい名が与えられたので名付けともいいます。集会所に地区内の人が集まり、若衆当番頭の司会進行で、古来からのならわしで厳粛に行われる儀式です。儀式の座には、紋付羽織袴(はかま)姿に威儀を正した新成人者である子分が、正装した後見人親分夫婦の前に座ります。親子固めの盃を交わし、続いて血肉を分けた仲になるという縁起から、生魚を親分子分で食べ分けます。この間、長老たちにより「高砂(たかさご)」「四海波(しかいなみ)」が朗々と謡われます。儀式の後には、川俣の伝統芸能で県の重要無形文化財でもある「三番叟(さんばそう)」「恵比寿大黒舞(えびすだいこくまい)」が披露されます。
 
文化財指定や若衆制度により次世代へ引き継がれる
川俣の元服式は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。これは、日本の基盤的な生活文化の特色を示す典型的な風習であり、全国でも希少価値の高いものです。
川俣地区は若衆制度により、山之神祭(二十日祭)や天王祭、八月例大祭の中で、獅子舞、三番叟、恵比寿大黒舞などの民俗芸能の伝承が行われてきました。日本古来の貴重な風習を次世代につなげていくため、一人でも多くの方に知ってもらうことが重要です。

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