• 文字サイズ

国内最大級の木造建築物「日光田母沢御用邸」


日光にも御用邸が
「那須や葉山は知っていますが日光にも御用邸があったなんて知りませんでした」と県外のほとんど人は言います。御用邸の中で最も大規模な、国内最大級の木造建築物ですのに、なぜなのでしょうか。
皇室はかつて11か所の御用邸を持っていました。日本国憲法88条により皇室財産は、国に属することになりました。使用しない御用邸は、早く処分してお金に換えなければなりません。ですからこの建物にどれ程の価値があっても国は予算を計上することなどできないのです。この時期処分されて壊された建物は沢山あるのです。
この御用邸が壊されず生き延びることができたのは、日光が観光地だったことが幸いしたためでした。修学旅行の生徒に宿泊施設として提供したり、博物館として学習施設にしたり、この建物自体が懸命に働いたからなのです。御用邸に大勢の子供達が泊まっていたなんて信じられますか?
しかし木造ですから老朽化は食い止めようもなく、荒れ果ててしまいました。平成8年これを栃木県が買い取り修復し、平成15年には重要文化財にも指定され、やっと雅な姿に戻れたのです。
樹齢400年のしだれ桜が咲く頃庭は百花繚乱、おすべらかしの女官さん達が微笑んでいるようです。
 
皇室の文化に触れる
日本には古い建物が多く残されていますがそのほとんどが神社やお寺で、皇室に関わるものは少ないだけでなく簡単に見学できません。その点、田母沢御用邸は簡単に入館できることで喜ばれています。
皇室独特のシンプルな造りの部屋を巡ると、不思議と心が落ち着いてくると言われます。
日本は・俳句・川柳・浮世絵・能・茶道などに見られるように、無駄な物を極力削ぎ落としてその真髄を表現するという質の高い文化を持っています。伊勢神宮などはその象徴的な建物と言えるでしょう。田母沢御用邸もこの線上にあるのです。そうした意味でも外国人に人気の建物です。東照宮の豪華絢爛、田母沢御用邸の落ち着いた雰囲気、この両極にある建物を近距離において比較できるのは日光ならではの醍醐味ではないでしょうか。
 
建坪1360坪(4471㎡)、106部屋、なぜこんなに必要なの?
玄関を入ると公式の部屋が並んでいます。皇室及び外国の賓客・政府高官・臣下等が使う「表」といわれる部分です。皇室の権威の高さを彷彿とさせる空間です。見事な木材で今も檜の香りがします。書院造りにシャンデリアに絨毯、当時最先端のモダニズムだったのでしょう。
謁見室を通り過ぎると、私的な部屋「奥」に入ります。天皇の部屋・皇后の部屋・そして最も多いのが女官部屋です。女官は平安時代には1000人も、明治時代は200人程、大正になって100人程いました。そのうち30人程が同邸にも来ていたと思われています。皇室に仕えるだけでなく高等女官に仕える女官もいたからです。位によってトイレも風呂も食事をとる部屋も違いますから、このような巨大な建物になったのです。
 
天皇陛下が皇太子時代疎開されていた
太平洋戦争末期の昭和19年7月、皇太子であった今上天皇は田母沢御用邸に疎開されました。
昭和20年になると米軍による空爆が激しくなり、より安全な湯元の南間ホテルに移られたのは終戦直前の7月21日のことです。終戦は日光で迎えられました。
 
(日光応援団員 トモエ)
  
                                       

  • 一覧に戻る